養殖漁業でのスマートスーツの活用「丹後とり貝」の場合(1)

京都府京丹後市の久美浜湾の「丹後とり貝」の生産者である村岡克大さんはスマートスーツの試験販売を開始した頃から、その開発理念である軽労化の概念について深く共感し、毎日の丹後とり貝養殖の作業にお使いいただいています。

丹後とり貝の養殖はイカダから海中に吊るした貝が入った重たいコンテナを1日に何個も引き上げなければならない苦渋作業なのです。連日の厳しい使用に耐える仕様とするために、村岡さんからはさまざまな意見をいただき、その都度、スマートスーツを改良してきました。

スマートスーツの効果や軽労化の考え方を漁師仲間にも知ってもらい、安全に安心して働き続ける環境を提供するために、丹後とり貝の養殖の作業を可視化し、スマートスーツがどのように効果的なのかを科学的に解明しようと、昨年度(平成29年度)、水産庁の「省エネ・省コスト・省力化技術導入実証事業」を実施しました。

ここでは、何回かに分けてその経緯や成果をご紹介します。

イカダ上で重たいコンテナを引き上げる苦渋作業

 トリガイは北海道以南に広く分布している二枚貝で、主に寿司だねとして使われる高級貝です。京都府の舞鶴湾、栗田湾、宮津湾では特に大きな天然トリガイが漁獲される地域として古くから知られていましたが、豊凶の差が激しいことから産地として定着することはありませんでした。そこで、京都府農林水産技術センターではトリガイの養殖技術の開発に取組み、種苗(稚貝)を大量生産し、砂よりも比重の軽い無煙炭の一種であるアンスラサイトを充填したコンテナに稚貝を入れイカダから海中に吊り下げて養殖する「垂下式養殖」による生産体系を確立することで、大型のトリガイを安定的に供給することができるようになりました。

高級貝として知られる「丹後とり貝」

 京都府では、このトリガイを「丹後とり貝」と称してブランド化に取り組み、平成20年には公益社団法人京のふるさと産品協会が認証する「京のブランド産品」に水産物ではじめて認証され、翌平成21年には、特許庁の地域団体商標にも登録されています。
地域ブランド産品としての地位を確保しつつある丹後とり貝ですが、その養殖にかかる作業はたいへんな重労働であり、生産者の高齢化と担い手不足もあいまって、ブランドの維持に大きな課題があると村岡さんは指摘しています。

京丹後市の久美浜湾で丹後とり貝の養殖に取り組む村岡克大さん

 丹後とり貝は7月に水産技術センターから稚貝を導入し、およそ1年間養殖して翌年の5~6月に漁獲期を迎えます。稚貝は、アンスラサイトを充填した30リットル程度のコンテナに入れられ、およそ8m×12mのイカダから水深7~8mの位置にロープで吊るされます。ひとつのイカダには160~170個のコンテナが垂下されていて、1生産者あたり平均で2~3イカダを所有しているため、350~400個のコンテナを管理することになります。

アンスラサイト(無煙炭)を充填したコンテナに稚貝を入れまる。

 コンテナ内部の水の入れ替えやコンテナに付着した貝などの異物の除去などを行なうために水温の高い夏場だと2~3週間毎にコンテナは引き上げられます。このコンテナ引き上げのメンテナンスは丹後とり貝の大きさや身入りなどの品質に大きな影響を与えるため、コンテナ引き上げの時期や頻度を見極めなければなりません。
異物がコンテナに付着するとコンテナを引き上げるときに抵抗となり、さらに重たくなります。

異物が付着したコンテナ

 このコンテナの引き上げ作業が生産者にとって大きな負担となっています。海中では浮力があるため数kgの力で引き上げられるのですが、海面からイカダの上までの数十センチをあげるには30~40kgの力が必要になります。イカダの上にあげられたコンテナは水を捨てて、異物混入を防止するための網を変えて、ふたたび海中に沈められます。一見、単純な作業に見えますが、トリガイの成長を確認し、カニなどの天敵の状況やコンテナに付着したフジツボなどの状況をチェックし、適切な水深にを探ります。丹後とり貝の品質も生産者の経験や技能によって大きな差が生じるといいます。

 水温の高い夏場は、1日に50個ほどのコンテナを引き上げなければなりませんが、日差しを遮る場所のないイカダ上では、暑さを避けるため、まだ涼しい夜明けから4時間ほどの間しか作業はできません。連日続くこの作業では疲労が蓄積します。とくに高齢な生産者では体力の低下から疲労を許容できる容量も減少し、1日に扱うことのできるコンテナの数も少なくなります。さらに、疲労によって重量物を扱うために重要な体幹の安定性が損なわれ、ふらつきや転倒などのリスクも高くなります。ふらついて落水したら命の危険にもさらされることになります。
コンテナを海面から海上に引き上げる作業は、腰を立てた状態で膝を曲げ、脚力を上手に使うことで腰にかかる負担を減らすことはできますが、疲労によって姿勢が悪くなり、中腰姿勢で作業をすることで深刻な腰痛症を発症する可能性が高まります。また、疲労の蓄積とともに大きな負荷が腰部に集中的にかかることで急性腰痛症、いわゆるぎっくり腰の危険もあります。
ぎっくり腰を経験した人にはわかると思いますが、歩くことも立ち上がることもできず数日は寝込むことになります。もし、ぎっくり腰になって数日間仕事ができなくなれば、コンテナのメンテナンスはできなくなり、丹後とり貝の漁獲量や品質の低下によって収入が減少するといいます。

 この丹後とり貝の一連の作業を軽労化するために、スマートスーツが活用されているのですが、実際にどれぐらい効果があるのか、作業の動作計測や筋負担計測、生産性への影響を含めて調査を行いました。

(つづく)